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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)145号 判決 1995年12月13日

原告

金井フミコ

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

望月浩一郎

藤原精吾

水野幹男

松丸正

藤本正

川人博

上柳敏郎

小島延夫

玉木一成

大森秀昭

坂元雅行

高崎暢

沼田敏明

佐々木良博

杉山茂雅

鵜川隆明

谷萩陽一

杉原信二

島田浩孝

安部井上

安藤朝規

井上洋子

大森康子

片岡義貴

金澄道子

釜井英法

木村裕二

下谷収

高畑拓

野澤裕昭

山内一浩

長谷川直彦

小笠原忠彦

松村文夫

鈴木弘之

佐久間信司

河合良房

菅野昭夫

鳥毛美範

飯森和彦

西村依子

宮西香

岩淵正明

奥村回

橋本明夫

田中清一

中村正紀

玉木昌美

佐藤克昭

脇山拓

阪本康文

渡部吉泰

安田寿朗

下田泰

谷脇和仁

今川正章

辻本育子

梶原恒夫

原章夫

小堀清直

増田博

仲山忠克

被告

労働保険審査会

右代表者会長

山田正美

右指定代理人

比佐和枝

外四名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告が原告に対してなした平成六年四月一日付けの原告に係る労働保険再審査請求事件の一件記録の閲覧を拒否する旨の処分を取り消す。

二  被告は原告に対し、原告に係る労働保険再審査請求事件の一件記録をただちに閲覧させなければならない。

第二  事案の概要

本件は、原告の労働者災害補償保険法(以下、労災保険法という)に基づく遺族補償給付等の請求を不支給とする旨の処分について、これを不服とする審査請求を棄却する決定に対し、原告が被告に対して再審査請求をし、かつ、右事件に関する一件記録の閲覧申請をしたところ、被告が右申請を拒否したため、原告が右拒否は違法な処分であるとしてその取消しと一件記録の閲覧に応じることを求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告の夫である金井義治は、永井製本株式会社に断裁工として勤務していたが、昭和六二年一一月二八日、右会社の工場内でくも膜下出血を発症し、病院に運ばれたがまもなく死亡した。

2  原告は、昭和六三年一一月二二日、金井義治の死亡は業務上の事由によるものであるとして、中央労働基準監督署長に労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたところ、右監督署長は、平成二年三月三一日付けでこれを支給しない旨の処分をした。

3  原告は、平成二年五月二九日、右処分を不服として、東京労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、右審査官は、平成五年一一月三〇日付けでこれを棄却する決定をした。

4  原告は、平成六年一月一〇日、右決定を不服として、被告に対して再審査請求をした。

5  原告が平成六年三月一五日付けで、被告に対して右再審査請求事件に関する一件記録(以下、本件記録という)の閲覧と謄写を求めたところ、被告は、平成六年四月一日付けで原告に対し、右申請には応じられない旨の回答をした。

二  争点

被告の再審査請求手続において原告に本件記録の閲覧申請権ないし閲覧請求権があるか否か。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告

(一) 原告は、以下の理由により本件記録の閲覧請求権を有する。

(1) 行政不服審査法に基づく閲覧請求権

労災保険法に基づく請求についてなされた労働基準監督署長による処分に対する審査請求及び再審査請求は、同法三五条一項を根拠とするものであるが、審査請求は行政不服審査法五条一項二号に、再審査請求は同法八条一項二号にも該当するものであって、いずれも同法三条に規定する審査請求及び再審査請求であるから、右の再審査請求人である原告は、同法五六条で準用される同法三三条二項本文の規定によって、「処分庁から提出された書類その他の物件」(以下、審査関係書類等という)を含む本件記録の閲覧請求権を有する。そして、同条項は、審査請求人が処分庁の処分理由を知り、かつ、その証拠資料を検討する機会を得て、争点を明確に把握し、これに対する攻撃防御方法を講ずるうえで重要な規定であり、審査請求人にとってもっとも重要でかつ基本的な利益を手続的に保障したものであるから、労災保険法に基づく再審査手続においても、原処分庁の弁明書に対する再審査請求人の反論書の提出に関する法令上の規定が存しなくとも、反論の機会は保障されていると解釈すべきであり、その反論を適切なものとするために、審査関係書類等の閲覧請求権が重要な意味を持つのである。

労災保険法三六条の趣旨は、同法三五条所定の労災保険給付に関する審査請求及び再審査請求の事件を実施するための手続(これについては労働保険審査官及び労働保険審査会法〔以下、労審法という〕が定めている)と重複することになる行政不服審査法の手続の一部を適用除外するための規定であり、労審法に定めがなく、行政不服審査法にしか定めがない手続規定については、行政不服審査法の規定の適用は排除されないと解釈すべきものである(労災保険法三六条が行政不服審査法一八条及び一九条を排除していないのは、労審法と行政不服審査法の手続が重複しない場合に行政不服審査法の規定の適用が排除されないことを注意的に規定したものである)。

また、被告が、労災保険法に基づく再審査手続が職権調査主義的構造をとっていることを理由としてあげている点については、行政不服審査法上も原処分庁の弁明書を再審査請求人に送付する必要はないとしていること(同法五六条で同法二二条の準用を排除)、行政不服審査法上も再審査請求人の申立てがあったときのみ口頭意見陳述の機会を与えればよく、証拠書類等の提出も認めていること(同法五六条、二五条、二六条)、行政不服審査法上も再審査庁に審理を行うために必要な処分を幅広く行うことを認めていること(同法五六条、二七条以下)から、労災保険法に基づく再審査手続が、行政不服審査法上の再審査手続よりも、職権調査主義的構造をとっているとはいえない。さらに、不服申立人が証拠等を提出できる期間の差異(行政不服審査法二六条は期間が定められた場合はその期間内、労審法施行令三三条、一二条で審理期日後裁決まではいつでも可)、審理機関が職権で行う審理に必要な処分の担保規定及び費用弁償規定の有無(行政不服審査法上はなく、労審法五二条ないし五四条、四六条七項、一六条にはある)については、労災保険法に基づく再審査手続の方が、より当事者主義的な構造をとっているうえ、参与(労審法三六条の関係労働者及び関係事業主を代表する者の指名の規定により指名された者)に参考人の審問申立権等を認め、検証に協力しない者への罰則を定めていること(同法五三条)等も、これがより当事者主義的構造をとっている理由となる。また、一般の行政不服審査、地方公務員災害補償法、国税通則法、地方税法等の不服審査手続と比較して、労災保険法に基づく再審査手続が定型的であるとはいえないし、その手続も迅速なものとはいえず、労働保険審査会委員も六名のうち四名は労働省本省のOBであり、原処分の取消率も裁判所での取消率に比較して少ないこと等を考慮すると、審査機関の公正さが期待できるともいえないものである。

(2) 労審法上の閲覧請求書

労審法は調書以外の審査関係書類等の閲覧に関する規定を明示していないが、労災保険法による給付をめぐる不服審査手続を含めて行政不服審査が国民の権利として認められる以上、不服申立人が審査手続において、実質的な攻撃防御をなす機会が保障されること、すなわちその前提として審査関係書類等の閲覧請求権を有することは、当然の制度的帰結であり、労審法の解釈として認められるべきものである。不服申立人が処分の理由に対し実質的に反論できなければ不服申立手続の存在意義はなく、その実質的な攻撃防御のためには、処分庁が不利益処分の根拠とした資料や弁明の内容が不服申立人に開示されることが不可欠であるからである。なお、被告は公開審理の直前(約四週間前)に審査関係書類等を開示しているが、これは閲覧請求権の存在を前提として初めて理解できることであり、被告の現行実務は右権利を公開審理の直前まで侵害しているものである。

(3) 閲覧請求権と憲法一三条、一四条、三一条及び三二条との関係

① 憲法一三条が規定する個人の尊厳の法理は、第一に公的判断が個人の人格を適正に配慮するものであることを要請し、第二にそのような適正な公的判断を確保するための適正な手続を確立することを要求しているから、公権力が法律に基づいて一定の措置をとる場合、その措置によって重大な損失を被る個人は、その措置がとられる過程において適正な手続的処遇を受ける権利を有する。また、憲法三一条は、刑事手続についてのみでなく、行政手続についても法定かつ適正な手続を保障している。したがって、労災保険法による給付をめぐる不服審査手続においても、右適正手続の要請があり、審査請求人が処分庁の処分理由を知り、かつその証拠資料を検討する機会を得ることは、争点を明確に把握し、これに対する攻撃防御方法を講ずるうえで重要なことであるから、審査関係書類等の閲覧請求権は、憲法一三条、三一条により保障されていると解するべきである。労災保険法三六条が行政不服審査法三三条二項を排除して右閲覧請求権を否定しているとすれば、右規定は憲法一三条、三一条に反する無効の規定であるから、右閲覧請求権は、行政不服審査法三三条二項により認められるか、又は憲法一三条、三一条により直接認められると解される。

② 憲法一四条一項は、法の下の平等を規定するところ、地方公務員の公務災害についての不服申立制度には、地方公務員災害補償法(以下、地公災法という)五一条四項により、行政不服審査法三三条二項が適用され、審査関係書類等の閲覧請求権が認められるのに対し、民間労働者の労働災害についての不服申立制度には、労災保険法三六条により、行政不服審査法三三条二項の適用が排除され、閲覧請求権が認められないとすると、民間労働者と地方公務員との間で合理的理由のない差別がなされているというべきであるから、閲覧請求権を認めない労災保険法三六条は憲法一四条に反して無効である。したがって、右閲覧請求権は、行政不服審査法三三条二項により認められると解される。

③ 憲法三二条は裁判を受ける権利を保障しており、行政庁から不利益な処分を受けた者は、本来直ちに裁判所にその取消しの訴えを提起する権利を有するが、労災保険法三七条は、処分取消しの訴えは労働保険審査会の裁決を経た後でなければ提起することができない旨を規定し、実質的に裁判を受ける権利を制限しているところ、このような制限が許されるためには、例外的に裁決前置主義を義務づけることが立法政策上、総合的にみて適当であると考えられるよう、それにふさわしい不服審査機関の組織、機能を整備し、名実ともに国民の権利利益の救済本位に運用される制度的保障を担保しなければならない。したがって、労災保険法に基づく再審査手続については、できうる限り対審構造的に保障されるべきであり、審査請求人が処分庁の処分理由を知り、かつその証拠資料を検討する機会を得ることは、争点を明確に把握し、これに対する攻撃防御方法を講ずるうえで重要なことであるから、審査関係書類等の閲覧請求権は当然認められるべきものである。労災保険法三六条が行政不服審査法三三条二項を排除して右閲覧請求権を否定しているとすれば、右規定は憲法三二条に反する無効の規定であるから、右閲覧請求権は行政不服審査法三三条二項により認められると解される。

(4) 閲覧請求権とILO条約との関係

日本が批准している「業務災害の場合における給付に関する条約」(ILO条約第一二一号)の二三条一項は、「すべての請求人は、給付が拒否された場合又は給付の質若しくは量に関する不服がある場合に申立てを行う権利を有する。」と規定しているところ、労災補償に関する不服申立手続において、原処分に対する実質的な攻撃防御をなす機会が保障されていなければ、不服の申立手続が保障されているとはいえず、その実質的な攻撃防御のためには原処分の判断の基礎となった資料や原処分庁の弁明を知ることが不可欠であるから、右条約は労災補償に関する不服申立手続において、審査関係書類等の閲覧請求権も含めて規定していると解せられる。したがって、右条約の国内的効力により、本件記録の閲覧請求権は認められると解せられ、これに抵触する国内法は無効である。

(二) したがって、本件記録の閲覧請求を拒否した被告の行為は、取消訴訟の対象となる処分に該当し、右の閲覧請求権を有する原告の請求を拒否した被告の処分は違法であるから、取り消されるべきものであり、また、本件記録を閲覧させなければならない。

2  被告

(一) ある申請が拒否された場合に当該申請人がこれに対して行政事件訴訟法に基づく取消訴訟を提起することができるためには、少なくとも、当該申請行為に対して行政庁が何らかの許否の処分を行うことを申請人が要求し得る法律上の地位を有するという意味での「申請権」が法律上認められていなければならず、申請権に基づかない事実上の申出を行政庁が拒絶しても、取消訴訟の対象となる拒否処分に該当しない。労審法は、再審査請求人の調書以外の審査関係書類等の閲覧については何ら規定しておらず、以下に述べるように、これを認める法的根拠はないので、原告には閲覧請求権はもとより、閲覧の申請権もない。したがって、被告が原告に対し、本件記録の閲覧に応じられない旨の回答をした行為は、取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為ではない。

(1) 行政不服審査法に基づく閲覧請求権の主張について

労災保険給付に係る再審査請求については、労災保険法三六条により、行政不服審査法三三条二項を含む同法第二章第一節、第二節(一八条及び一九条を除く)及び第五節の規定を適用しないことになっており、他に調書以外の審査関係書類等の閲覧を認める法的根拠はないのであるから、再審査請求人には、調書以外の審査関係書類について、閲覧請求権はもとより、閲覧の申請権もない。労災保険法三六条において、行政不服審査法一八条及び一九条が明示されて適用除外から除かれていること等を考慮すれば、明示されていない行政不服審査法三三条二項は適用が除外されていると解釈すべきである。

再審査請求人に閲覧請求権あるいは申請権が認められないことは、労働保険審査会における審査手続が職権調査主義的構造をとっていることに関連がある。右の職権調査主義的構造は、労審法によれば、原処分庁は被告から再審査請求に関する通知があったときは、当該事件についての意見書を被告に提出しなければならないものとされている(労審法四〇条、同法施行令二五条)が、被告はこの意見書を再審査請求人に送付することとはされておらず、再審査請求人からのこれに対する反論書の提出も予定されていないこと、審理期日に再審査請求人が出頭して意見を述べることができる(労審法四五条一項)が、必ずしも出頭する必要も意見を述べる必要もなく、このことにより何らかの法的不利益を被るものでもないこと、再審査請求人は、証拠となるべき文書その他の物件を審理期日終了後においても裁決が行われるまでは、いつでも被告に提出することができる(同法施行令三三条、一二条)ものとされていること、被告は審理を行うために必要な処分を職権で幅広く行うことができる(労審法四六条)ものとされていることから明らかである。また、このような被告の審理手続における職権調査主義は、再審査請求人の請求内容が労働保険給付に限られ、その争点は概ね定型化されており、その把握はさほど困難ではないこと、再審査請求事件は大量であって、その迅速処理が制度上重要な課題であること、被告の委員の任命方法や独立して職権を行使する点等を考慮すれば、その判断に最大限の公正さが期待できること等の制度的要請と担保により採用されている。その他、労審法には処分庁やその上級行政庁から独立した審査機構として労働者災害補償保険審査官や被告が設けられ、被告における口頭審理は原則公開で(労審法四三条)、調書を作成しなければならず、再審査請求人はこの調書を閲覧することができ(労審法四七条、同法施行令三一条一項)、さらに参与の制度が設けられている(労審法五条、三六条)ほか、審理のために行われた処分に従わない場合の不利益取扱い及び罰則が定められているなど行政不服申立手続の一般法である行政不服審査法にはみられない規定が設けられており、公正さの確保の点で一般の行政不服審査手続を上回る独自の規定が置かれている。

したがって、右に述べたとおり、労働保険審査手続が労働保険給付に係る特殊性を踏まえた独自の機能と体系を有し、職権調査主義と公正さの確保に関する優れた手続規定を整備していることから、労審法における再審査請求人の審査関係書類等の閲覧請求権を含めて、一般の行政不服審査手続を定める行政不服審査法の規定を適用しないこととしたものである。

(2) 労審法上の閲覧請求権の主張について

労審法においては、審査請求人・再審査請求人の意見は、審査関係書類の閲覧請求権がなければ不完全になるとか不十分になるとかは予定されていない。被告が、審理期日より一定期間前(概ね四週間前)に審査関係書類等(但し一部の例外書類を除く)を再審査請求人に送付しているのは、多数の事案についての審理の迅速化をはかるため、再審査請求人において、あらかじめ送付された資料を参考にして、原処分庁の処分に対する不服の具体的内容と主張すべき事項を事前にとりまとめ、審理期日に有効な意見陳述を行うことができ、また出頭できない場合にも意見書を送付することができるようにするためであって、被告の制度運営において重要な位置を占める「審理の迅速性」を確保するための裁量行為として行っているものであるから、これをもって、再審査請求人にこれらの資料に関して閲覧請求権ないし申請権が認められる根拠とすることはできない。

(3) 閲覧請求権と憲法一三条等との関係の主張について

① 憲法一三条から直ちに原告主張の閲覧請求権又は申請権が派生すると解することは文理上困難である。憲法三一条については、すべての行政手続に同条の保障が及ぶと解すべきものではなく、行政手続に同条の保障が及ぶと解すべき場合であっても、行政手続の特質から刑事手続と同様の手続的保障が一律的、固定的に要求されるものではない。労働保険審査手続に関しては、適正手続の要請が働くとしても、請求人と相手方行政庁とがそれぞれ自ら主張立証活動を行うことを根幹とするいわゆる当事者主義的手続構造がとられることを要求するものではないし、また、前記2(一)(1)で述べたように、その審査目的、審査対象、審査主体等を踏まえた適正な手続が現行法制上確立されているものであるから、そのうえさらに再審査請求人が調書以外の審査関係書類等を閲覧することができる旨の規定を設けるかどうかは、専ら立法政策に属する問題であり、憲法三一条及び一三条を根拠に閲覧請求権あるいは申請権を認めることはできない。

② 地方公務員の災害補償の具体的実施は地方公共団体が共同で設けた特殊法人である地方公務員災害補償基金(以下、基金という)が行い(地公災法三条)、その決定に不服がある者は基金の主たる事務所に設置される地方公務員災害補償基金審査会に不服の申立てを行うことができ(地公災法五一条一項、五二条)、右基金審査会の委員は、基金理事長が嘱託する(地公災法五三条二項)ことになっているものの、被告委員のように衆参両院の同意を得て内閣総理大臣により任命されるという処分庁から独立した機構とはなっておらず、職権の行使や身分保障に関する特別な法的担保規定も置かれておらず、前記2(一)(1)で述べた労審法において認められている特別の手続規定の適用もない。したがって、地方公務員と民間労働者の災害補償に関する各不服申立手続の個別の規定に差異があっても、有機的関連のもとに定められている手続の一部のみを取り出して比較することは妥当ではなく、審査関係書類等閲覧請求権のみならず、その手続全体を比較して検討した場合には、これらの間に特に合理的理由のない差別があるとは認められない。

③ 憲法三二条の裁判を受ける権利の保障が、直ちに行政不服審査手続において、民事訴訟手続のような審理構造がとられることを要求しているものとは考えられないところ、労災保険給付に関する決定について、裁決前置主義という自由選択主義の例外があることは、右決定が大量に行われる処分で、裁決により行政の統一を図る必要があり、専門技術的性質を有するものであることや、被告が公正な委員によって構成されているなど、立法政策上、総合的にみて合理的なものであり、不服審査機関の組織、機能も整備され、名実ともに国民の権利利益の救済本位に運用され、制度的に保障されているものであるから、そのうえさらに再審査請求人に審査関係書類等を閲覧させなければ憲法三二条に反することになるとはいえない。

(4) 閲覧請求権と条約との関係の主張について

ILO条約第一二一号の二三条一項は、保険給付に不服がある請求人は不服申立てを行う権利を有する旨の規定をしているものの、審査関係書類等の閲覧請求権を定めるものではなく、その不服申立ての具体的手続は、各国の国内法で定められるべきものであり、日本においては、右閲覧請求権に関する規定は設けられていない。ILO条約は、事情の異なる多くの国によって批准され、広く各国に適用されることがILOの趣旨とするところであり、このための条約の規定についても柔軟性が求められているのであって、これを損なうような独自の解釈を加えることは、ILO条約の各国における批准の促進を妨げ、あまねく加盟国の労働者の福祉の向上を図ろうとするILOの精神に反するものといわなければならない。

(二) 被告に対して本件記録の閲覧を求める訴えは、無名抗告訴訟のうちのいわゆる義務付け訴訟に該当するものであるところ、いわゆる義務付け訴訟は、三権分立の建前から原則として許されないものと解すべきであり、ただ、法規の定めからみて行政庁が処分をなすべきこと及びなす内容が一義的に定められ、裁量の余地がないことが明白であることが認められ、かつ、損害が差し迫っていて、事前に救済しなければ回復し難い損害が生じ、しかも他に適切な救済手段が存しない場合に限って例外的に認められると解される。本件については、本件に係る審査関係書類等を閲覧させるかどうかは、被告の自由裁量に属するものであって、第一の要件を欠くことは明らかであり、また、第二、第三の要件をも欠くものであり、義務付け訴訟の認められる余地はなく、不適法として却下されるべきものである。

第三  争点に対する判断

一  処分の取消しの訴えについて

1 業務災害等の保険給付に関する決定に対する審査請求及び再審査請求の手続については、労災保険法三六条において、行政不服審査法第二章第一節、第二節(一八条及び一九条を除く)及び第五節の規定を適用しないと定められているから、同法五六条、三三条二項により行政不服審査手続において再審査請求人に認められている審査関係書類等の閲覧申請権ないし請求権については、文理上、これを認めないものとしていることが明らかである。この点について原告は、労災保険法三六条の趣旨は、労審法の規定と重複する行政不服審査法の規定を右再審査請求手続において適用を除外するというものであって、労審法に定めがなく、行政不服審査法にのみ定めのある手続規定については、その適用は排除されないと主張するが、労災保険法三六条が行政不服審査法一八条及び一九条のみを注意的に適用除外から除いていると解釈することは、文理上困難であり、かつ、根拠に乏しい。また、労審法は、労災保険法に基づく保険給付に関する決定の審査請求及び再審査請求について、具体的な手続を定めているが、審査関係書類等の閲覧に関する規定がないのであるから、労審法に特にこれを排除する旨の規定がないからといって、労審法が右閲覧申請権ないし請求権を認めていると解する余地はない。

2  憲法三一条は、直接には刑事手続に関して法定かつ適正な手続を保障すべきことを定めているが、行政手続については、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずその機会を与えることを必要とするものではない。

労災保険法は、多数に上る保険給付に関する決定に対する不服事案を迅速かつ公正に処理するため、専門的知識を有する特別の審査機関を設けているのであって、その審査請求の内容は労災保険給付に限られた概ね定型的な争点を対象とし、これを扱う労働保険審査官及び被告は原処分庁から独立した地位と職権を有する第三者機関であること(労審法二七条、二九条、三三条)、審査請求人及び再審査請求人は公開の審査期日に出頭して意見を述べることができること(労審法一三条の二、四三条、四五条)等を考慮すれば、労災保険法三六条、行政不服審査法五六条、三三条二項本文及び労審法が、再審査手続において再審査請求人に調書以外の審査関係書類等の閲覧申請権ないし請求権を与える旨の規定を欠き、これを認めていないと解すべきものとしても、憲法一三条及び三一条の法意に反するものということはできない。

3  ところで、常勤の地方公務員の公務災害については、基金の従たる事務所の長が行う公務上の認定及び補償等に関する決定に不服がある者の審査請求及び再審査請求には行政不服審査法が適用されるものとされている(地公災法五一条)。したがって、労災保険法に基づく再審査請求手続においては再審査請求人に調書以外の審査関係書類等の閲覧申請権ないし請求権が法令上認められていないのに対し、地公災法に基づく再審査請求人には右書類等の閲覧申請権ないし請求権が認められているという差異が存することになる。しかしながら、労災保険法に基づく補償の制度は民間労働者の労働災害について、本来的には各民間企業が行うべき補償について、労働者保護のために国が各民間企業から保険料を徴収し、その補償を確実に行うための保険制度であるのに対し、地公災法に基づく補償の制度は常勤の地方公務員の公務災害について、地方公務員に対する災害補償を統一的に整備するために、各地方公共団体から費用を徴収して特殊法人たる基金が地方公共団体が本来行うべき補償義務を代行する制度であって、その制度の仕組み、内容が異なる上に、不服審査手続の仕組みも必ずしも同一ではないから、右の差異があるからといって、これをもって憲法一四条一項の法意に反するものとはいえないというべきである。

4  原告は、労災保険法三六条が再審査請求手続に関して行政不服審査法五六条、三三条二項本文の適用を排除しているとすれば、それは憲法三二条に反する法令違憲であると主張する。しかしながら、労災保険法が裁決前置主義をとる趣旨は、多数に上る保険給付に関する決定に対する不服事案を迅速かつ公正に処理すべき要請にこたえるため、専門的知識を有する特別の審査機関を設けた上、裁判所の判断を求める前に、簡易迅速な処理を図る第一段階の審査請求と慎重な審査を行い併せて行政庁の判断の統一を図る第二段階の再審査請求とを必ず経由させることによって、行政と司法の機能の調和を保ちながら、保険給付に関する国民の権利救済を実効性のあるものとしようとするところにあると解せられ、その旨の規定が整備されており、さらに、審査請求又は再審査請求をした日から三か月を経過しても決定又は裁決がない場合には処分の取消しの訴えを提起することができる(行政事件訴訟法八条二項一号、最高裁平成七年七月六日第一小法廷判決・判例時報一五四〇号二五頁)のであるから、労災保険法三六条が審査関係書類等の閲覧申請権ないし請求権を認めているとしなければそれは憲法三二条の法意に反する規定である、とはいえないというべきである。

5  原告のいうILO条約第一二一号の二三条一項は、文言上、保険給付に不服がある請求人には不服申立てを行う権利を有する旨の規定をしているに過ぎず、その不服申立ての具体的手続は、各国の国内事情を反映してその国内法で定められるべきものであるから、右条約の規定があるからといって、これに基づき再審査手続において、再審査請求人が調書以外の審査関係書類等の閲覧申請権ないし請求権を有すると解すべき理由とすることはできない。

6  保険給付に関する決定について定められた再審査請求の手続は、慎重かつ公平な事案処理を目的とするものであるから、これを保障するためには再審査請求人に審査関係書類等の閲覧の機会を与えることが望ましいということができる。現に、被告が再審査手続の公開審理期日の四週間前にその機会を設けていることは乙第二号証及び弁論の全趣旨から認められるところであるが、これは右の趣旨に沿うものということができる。

しかしながら、右の機会を当事者の権利として認めるかどうか、及びその時期、内容については、立法政策に属する問題であり、現行の労災保険法、労審法の下においては、再審査請求人に右閲覧の申請権ないし請求権が与えられているものと認めることはできない。

7  以上により、被告での再審査手続において、再審査請求人には法令に基づく審査関係書類等の閲覧申請権ないし請求権は認められないから、被告が本件記録の閲覧申請について、これを拒否する旨の回答をしたことは、再審査請求人の法律上の地位に影響を及ぼすものではないというべきであって、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しない。したがって、原告の右拒否行為の取消しを求める訴えは、その利益を欠き却下すべきものである。

二  本件記録の閲覧を求める訴えについて

右訴えは、いわゆる義務付け訴訟として、被告に対して公権力の行使を求めるものであるが、法令に基づく本件記録の閲覧申請権ないし請求権が原告に存しないことは前述のとおりであり、原告の権利を救済するために緊急の必要があるということができないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の右訴えは、不適法であり却下すべきものである。

(裁判長裁判官遠藤賢治 裁判官白石史子 裁判官片田信宏)

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